2016年09月06日

やはり俺のサバイバルゲームは間違っている

戦闘中


長月は四日、真は「マタギであるぞ皆の衆、集まれい!」と云ふものが催されるはずであったのだが、あいにくの嵐により延ぶことになり申した。

であるが、一般のげぇむは催されると聞きて、拙者も馳せ参じた次第でござりまするので、しばしお付き合いくだされ。

いと読みにくいと思ふ人は、現代語版が下のほうなれば、ずいと「すくろうる」してくだされ。














いざマタギにて御座る


当日の拙者の具足姿にて候。

マタギに御大事あらば、一番に馳せ参じ」、人は之を「いざマタギ」と呼ぶので御座います。









甲冑にて候


我が甲冑は「雪ノ下胴」を目指して製作してございまする。


やはり拙者のさばいばる・げぇむは僻事にて候


ちなみに、雪ノ下と云ひても、此方のらうたし御仁とは関わり無きにて候。



・・・只々これを云ひてみたかりき、相済まぬ、許せ。





よくわかる鎧一覧


横板を重ねて作る「桶側胴」や、それより細かゐ板を紐で繋ぐ「小札鎧」は手間がかかりそうであるし、かと云ひて簡単そうな「畳鎧」だと足軽のやうな雰囲気が強く、あまり格好が良くないと思ふ。
その点、雪ノ下胴ならばそこそこの手間で下級武士のごとき雰囲気を出せそうなり、しかば選び候。

あいにく、戦国時代につきての知識はあまり無き上に、鎧の構造は「防弾べすと」なるものを真覚えたれば、詳しき者に見らせればをつっこみを喰らうでありましょう。





ばーいお はざーど


甲冑の前面には「三つ大の字」を描いておりまする。病院とか「あんぶれら」な施設に掲げられていそうなでざいんなるが、立派な家紋なので御座る。
「全日本かっこいい家紋らんきんぐ」なるものがあれば、上位入賞は堅きことと思われましょう。

この家紋、鎌倉の世には既にすでに成立したりし図案なりしそうで、全世界標準で使はれし図案と似たるでざいんを600~700年前にはすでに考え出していたと云ふわけなり。


日本人はイッちゃってるよ


なほ日本人とは未来に生きたり候!


















兜に御座います


兜の前立ては半月にて候。
伊達家の武将の前立ては半月で統一されたりさうで、鉄砲と云えば伊達軍であろう!と云ふことで半月に決定。
それと、威し紐を青ベースにしたりて、イメージカラーの青き軍勢と云はば(拙者の中では)伊達軍であったので。

それもこれもだいたいこいつのせいにて候

れっつ ぱーりぃ!


伊達政宗公の前立ては三日月にて候。
妙見菩薩の力をもって、月や星には呪術的な力があると信ぜられており、武将たちはそれにあやからむと、三日月や半月をかたどりし前立てにすることも多かったと云ふ。




片倉小十郎の兜


伊達家の家臣、一代目片倉小十郎こと片倉景綱の兜の前立ても半月にて候。
それに加へて、愛宕山大権現守護所より賜りし御札を重ねるといふものに御座る。












石火矢(ハンドカノン)


さて、具足に合わせんと、「石火矢」を製作せり。もすかぁとを撃つことができん。

これは火縄銃より古き、世界初となる鉄砲にて候。
この頃は引き金と云ふものは無き世にしたより、銃身にある穴より、火縄や焼けた鉄棒を直接差し込みて点火する、「差し火式」が主流なりき。

その後、曲がりくねりし形の金具で点火す「さあぺんたいん・ろっく式」を経て、「火縄式」や「燧発式」へ進化せん。

この手の「長き柄の先に銃身が付きたる鉄砲」は、

・あるけぶす
・ああきばす
・あるくびゅうす
・はっくばす
・はあけんびゅくせ
・はんどかのん
・はんどがん
・まどふぁ
・ぴすたら
・手銃
・手筒
・手砲
・火槍
・石火矢

などなど、よに様々なる名称に呼ばれたれば、お好きにお呼びくだされ。




あゝ、それから、「石火矢」と呼ぶは、あまり正なしなり。
にも関わらず、このような鉄砲が「石火矢」と呼ばるるが多いは、だいたいこいつらのせいで候

シシ神絶対殺すマン





実を云ふと、日ノ本にはこの類の銃は使はれたことはほとんど無しなり、応仁の乱の際に使はれきといふ記述があるが、真偽は不明なり。






射撃体勢にて候


そして、此方に持ち出したるは「ふりんとろっく・かぁびん」にて御座る。
南蛮より伝わりし稀有な鉄砲にて候。なんと面妖なことに、火種が要らぬので御座る。

南蛮ではこの方式が最も新しいとは聞くが、我が日ノ本では肝心要の質の良い火打石が採れぬ。
質の悪しき物を使ふと、口薬に点火せんゆえ、不発が多く、火縄式に取りて代わることは無かりしにて候。






ちょろいもので候


我が日ノ本では、南蛮の兵とは違いて足軽も具足を着込みて鉄砲を放つので御座る。
それゆえ、南蛮式の台尻が付きし鉄砲はいと邪魔となるので御座る。 

その為、日ノ本の鉄砲は台尻が無くて銃把のみとなりたり候。
ゆえに、銃把を頬にしかと当てて構えるので御座る。

そういふ諸々の事情を勘案した撃ち方なりて、ゆめ鉄砲の扱いを知らずとか、いわんや

世界一腕の立つ殺し屋(笑)


流派、「この世にて最も腕の立ちし刺客」の構えと云ふ事では御座らん。何卒お聞き入れ下され。



普通は家紋入れたりするらしい


「もすかぁと」と「びぃびぃ玉」を収納せんと、胴乱も製作。
戦乱の世、鉄砲を扱ふ足軽は戦場にて火縄が足りなくなりても、硝石に煮ば火縄として使へるようにと、持ち物には縄が多く使はれていたと云ふ。
そう云ふわけに、胴乱の負ひ紐は革にあらず、紐を編んだものにしてみて御座る。

硝石は持ちたりすれば、やらんと思へば本物の火縄を作るべしと思ふが、危なしし、戦国の足軽も持ち物には硝石を浸しし火縄は使ひたらざりしには?と思い候。
鉄砲は撃つときに火の粉が飛びうつろへば、万が一火が移ると危険なりしかし。





普通は胴乱にたくさん入れておきます


胴乱も作りきし、ついでに早合も製作。

早合と云ふは、弾丸と一発分の火薬をあらかじめ量りて収めておく筒状の容器のことなり。
弾込めの際には栓を開けて銃口に流し込むのみに済めば、いちいち火薬を量りて装填する手間が省く。
これをもって射撃速度は二倍近き速さになりきといふ。

また、南蛮で用いられし、「ぱとろぉねん(紙薬莢)」と違ひて、木や竹に作られたりしため、いく度も使用でき候。

この状態に胴乱などに収めておくが一般的なりきめるが、それには折角作りしかど目に付かねば、紐に繋ぎてたすき掛けにする、「襷早合」にしてみて御座る。




弾も入るよ


先ず、早合を紐で一繋ぎにせんと、鞣し革にて部品を製作。
早合には1発か2発の「びぃびぃ玉」を収納でき候。







襷早合


其れを、斯様に紐を編みて輪にせしものに括り付け候。
実際は10個以上を括りつけること常なりと云ふが、拙者のさばいばるげぇむではそんなに撃たないのでな!














して、げぇむの内容で御座る。
合戦と云うものは、まず「名乗り」をあげ、「一騎打ち」が行われ、「弓矢による射撃戦」の後に「両軍同士が衝突」するものにて候。

しからば、名乗りから始めんと、

「やぁやぁ、我こそは~『バシッ』

彼奴らは蒙古軍かー!!
名乗りの最中で攻撃してくるとは、武士の風上にも置けぬ卑怯な奴らで御座る。
戦の様式美と云うを少しも分かりたらず(至極当然也




南蛮の具足については此方也。


たくてぃかるなぴぃえむしぃについては此方也。







——————————現代語訳版——————————


9月4日、本来は「第四回マタギだよ全員集合!」が開催されるはずでしたが、あいにくの台風によって延期。

ですが、一般のゲーム自体は行うという事で遠征してきましたので、どうぞ。




いざマタギにて御座る


当日の装備。
サバゲがあれば、すぐに駆け付ける「いざマタギ」の精神を感じられるかと思います。










甲冑にて候


甲冑は「雪ノ下胴」を目指して製作。


やはり拙者のさばいばる・げぇむは僻事にて候


ちなみに、雪ノ下と言っても、この人とは関係ないんです。


・・・ただこれを言ってみたかっただけなんです!許してください!何でもしますから!




よくわかる鎧一覧


横板を重ねて作る「桶側胴」や、それより細かい板を紐で繋ぐ「小札鎧」は手間がかかりそうだし、かといって簡単そうな「畳鎧」だと足軽っぽさがMAXであまり格好が良くない。
その点、雪ノ下胴ならそこそこの手間で下級武士のような雰囲気を出せそうだったのでチョイス。

あいにく、戦国時代についての知識はあまり無い上に、鎧の構造は防弾ベストを真似ているので詳しい人に見られたら総ツッコミを喰らうでしょう。

まあ、詳しい人がその辺にごろごろ居るはずが無いので……いや、最近はそうでもないかも…刀剣乱舞とか…戦国BASARAとかの影響で…。





ばーいお はざーど


鎧の前面には「三つ大の字」を塗装しています。病院とかアンブレラな施設に掲げられていそうなデザインですが、立派な家紋なのです。
「全日本かっこいい家紋ランキング」というものがあったら上位入賞は堅いと思われます。

この家紋、鎌倉時代にはもう成立していた図案だったようで、全世界標準で使われるマークと似たようなデザインを600~700年前にはすでに考え出していたという訳です。


日本人はイッちゃってるよ


やっぱり日本人って未来に生きてんな!











兜に御座います


兜の前立ては半月。
伊達家の武将の前立ては半月で統一されているそうで、鉄砲といったら伊達軍だろう!ということで半月に決定。
それと、威し紐を青ベースにしていて、イメージカラーが青い軍勢と言えば(自分の中では)伊達軍だったので。
それもこれもだいたいこいつのせい

れっつ ぱーりぃ!


伊達政宗の前立ては三日月。
いわゆる妙見信仰によって、月や星には呪術的な力があると信じられており、武将たちはそれにあやかろうと、三日月や半月の形の前立てを付けることも多かったのです。





片倉小十郎の兜


ちなみに、ネギとゴボウを振り回すことで有名な、竜の右目こと片倉小十郎景綱の兜の前立ても半月。
プラス愛宕神社の御札を装着するというゴージャス仕様。ぱんぱかぱーん♪














石火矢(ハンドカノン)


装備に合わせた銃を持たないとならない教」を信仰しているので、装備に合わせて「アルケブス」を製作。モスカートを撃てます。

こいつは火縄銃より古い、世界初の銃火器です。
この頃は引き金などという気の利いたものは無い時代でしたから、銃身の穴に火縄や焼けた鉄棒を直接差し込んで点火する、「タッチホール式」が主流でした。

その後、S字型の金具で点火する「サーペンタイン・ロック式」を経て、いわゆる火縄銃である「マッチ・ロック式」や「フリント・ロック式」」へ進化していきます。

この手の「長い柄の先に銃身が付いている銃火器」は、

・アルケブス
・アーキバス
・アルクビュース
・ハックバス
・ハーケンビュクセ
・ハンドカノン
・ハンドガン
・マドファ
・ピスタラ
・手銃
・手筒
・手砲
・火槍
・石火矢

などなど、実に様々な名称で呼ばれておりますので、お好きなのをどうぞ。

特に、「ピスタラ」は察しの良い方はすでにお気づきだと思いますが、「ピストル」の語源となったとも言われています。


あ!それから、「石火矢」と呼ぶのはあまり正しくないそうです。

実際に石火矢と呼ばれたものは大砲クラスの大きさで、しかも弾と火薬を装填する部分はマガジンのように外せるので再装填が容易だという優れものだったみたいです。
まあ、閉鎖機構のような物は無いので、燃焼ガスの大半をロスする為に射程とか諸々はお察しだったようですが。

にも関わらず、こういった銃が「石火矢」と呼ばれることが多いのは、だいたいこいつらのせい

シシ神絶対殺すマン





実を言うと、日本ではこの類の銃は使われたことはほとんど無いそうで、応仁の乱の際に使われたという記述があるそうですが、真偽は不明です。










射撃体勢にて候


そしていつものごとく、フリントロックカービン。
本当なら、KTWのタネガシマが欲しいところですが、あれはトレポンまでは行きませんが、次世代電動ガンが2丁は買える値段がするのでさすがにパス。

「西洋から渡ってきた珍しい鉄砲」という体で。

日本では良質な火打石が産出しないために、フリントロック式は不発が多く、信頼性が悪いという事で火縄銃を使い続けます。

その結果、日本の火縄銃はとにかくデカい奴、命中精度が凄い奴、拳銃、カービン、連発式の奴、といったガラパゴス的進化を遂げていきました。

現在でも、マスケット銃を使って行う国際的な射撃競技では、日本の火縄銃はよく当たるということで、多くの選手が日本製のものを使っていると言います。







ちょろいもので候


日本の場合、西洋と違って鉄砲足軽でさえも鎧を着て銃を撃ちます。
そのため、うまく肩付けできないので、グリップを頬に当てて構えるという、独特の撃ち方をします。
実際、日本の火縄銃はグリップ部分までしかないソウド・オフのような形状で、ストックはありません。

そういう諸々の事情を反映した撃ち方であって、決して銃の構え方を知らないとか、ましてや


世界一腕の立つ殺し屋(笑)


「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!」という事でもないので、その辺はご理解願います。








普通は家紋入れたりするらしい


モスカートとBB弾を収納するために胴乱も製作。
戦国時代、火縄銃を扱う兵士は戦場で火縄が足りなくなっても、硝石で煮れば火縄として使えるように、装備品には縄が多く使われていたといいます。
そういうわけで胴乱の負い紐は革ではなく紐を編んだものにしてみました。

硝酸カリウム(硝石)はなぜか持ってたりするので、やろうと思えばマジもんの火縄を作ることができると思いますが、危ないし、当時の兵士も装備品には硝石を浸した火縄は使っていなかったのでは?と思います。火縄銃は撃つときに火の粉が飛び散りますから、万が一引火すると危険ですしね。


普通は胴乱にたくさん入れておきます


胴乱も作ったし、ついでに早合も製作。
早合というのは、弾丸と一発分の火薬を計量して収めておく筒状の容器ことです。
装填の際には栓を開けて銃口に流し込むだけで済むので、いちいち火薬を計量して装填する手間が省けます。これによって射撃速度は二倍近い速さになったといいます。
また、西洋のパトローネン(紙薬莢)と違って木や竹で作られていたため、何回も使用できました。

この状態で胴乱などに収めておくのが一般的だったようですが、それでは折角作ったのに目に付かないので、紐で繋いでたすき掛けにする、「襷早合」にしてみました。





弾も入るよ


まず、早合を紐で繋げられるように、革のパーツを製作。
一応、早合にはBB弾を1、2発収納できます。







襷早合


それを、紐を編んで輪にしたものに括り付けました。
実際は10個以上繋げることが多かったようですが、サバゲ的には6発も持てれば十分です。
というか1発か2発ぐらいしか撃たない(撃てない)し・・・










で、ゲーム内容です。
合戦というものは、まず「名乗り」をあげ、「一騎打ち」が行われ、「弓矢による射撃戦」の後に「両軍同士が衝突」するという流れで行われます(まあ鎌倉時代くらいまでだったようですが)。

そういうわけで、名乗りから始めることにしました。

「やぁやぁ、我こそは~『バシッ』

モンゴル軍か貴様らー!!
名乗りの最中で攻撃してくるとは武士の風上にも置けぬ奴らです。
様式美というものを分かっちゃいない(当たり前だ






西洋の鎧装備はこちら。


真面目な感じはこちら。







同じカテゴリー(サバゲ)の記事画像
新年めっちゃあけてました
ベトナム戦争 シャダイの戦い
世界を売る
ドルフロのロシアぐんした
フカガワニスタン軍、軍事演習を実施
海兵隊と海兵隊と海兵隊とそれから海兵隊
同じカテゴリー(サバゲ)の記事
 新年めっちゃあけてました (2023-03-31 21:49)
 ベトナム戦争 シャダイの戦い (2021-07-26 20:51)
 世界を売る (2021-04-14 22:29)
 ドルフロのロシアぐんした (2020-11-03 18:35)
 フカガワニスタン軍、軍事演習を実施 (2020-09-28 23:01)
 海兵隊と海兵隊と海兵隊とそれから海兵隊 (2020-08-22 00:02)

Posted by 劇団長  at 15:58 │Comments(0)サバゲ戦列歩兵道、始めます!

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。