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Posted by ミリタリーブログ  at 

2021年07月26日

ベトナム戦争 シャダイの戦い



ちーくたいむ様主催で行われたナム戦イベントに参加させて頂きました。
7/24、25と二日間のイベントでしたが、25日のみの参加でした。

当日は大変楽しく遊ばせて頂きました。
ありがとうございました。















米軍キャンプ

フィールドに着いてまず目に入るもの
米軍の基地でした。
はぇ^~すっごい  こんなのアホカリプスとか行かないと見られないと思ってました。



























基地の様子
貴重or高価であろう品が惜しげもなく並べられておりました。 やばいですね
そして恐らく一生分のストーナーをここで見た


















ぼくでした

ぼくでした
なんか衛生兵紛いな感じでしんだひとにおもむろに包帯とか止血帯を巻き付けるリエナクトしてました。
一時期止血帯と見れば何でも買うマンと化していた時に買ったナム戦の止血帯が役に立つときがきた

マルイのM16ベトナムバージョンをしばいて"卍ベトナムバージョン卍"にしたぐらいで
あとはいつもの感じ























米軍の皆さんが集合写真を撮影している中…


















ぼくは捕まっておりました






















(ゲームでの)米軍基地とアラブ系アメリカ人のナセル・ナセバ氏

この時はまだここが阿鼻叫喚の地獄だったとは知る由もなかったのです。
戦闘の経過と共に陣地は死体置き場に、テントは野戦病院と化していました。





















戦闘中

戦闘開始の主導権が南側(米軍側)には無く、北側は無限復活&弾数無限だったので
米軍は基本的に四方八方から散々撃ち込まれて死屍累々になる感じのゲームだったので大変良かったと思います。

指揮官と通信手が戦死した時が一番ひどかったですね。
ゲーム内容上、戦死・負傷した兵は一旦後送しないと復活できないことになっていたので
後送のための回収車両を要請できなくて死体が積みあがるのみでした。




















ベトコンの侵入地点に合わせて機関銃陣地の配置転換をするの図
なお敵はどこからでも来たので最終的には三脚から外されて使われていた模様




















死ぬほど撃たれるので戦争が嫌になっている図
戦闘中はほとんど死んでるか戦争が嫌になってるかで過ごしていました。






あと全然オサシン撮れてなかったのでこんな感じで。

そしてこんなヤバいイベントがどうやらまたあるらしいですよ。
これは行かない手はない





北ベトナム軍と南ベトナム解放民族戦線の皆さんも楽しそうだったので北側もちょっといいなと思いました。
実は一瞬だけ解放戦線をやってたことはあるんですよ。
確か6~7年くらい前だったと思うのでナム戦のナも知らない時でしたけど。
いやでもやっぱりオーストラリアSASをやります(大嘘)
  


Posted by 劇団長  at 20:51Comments(0)サバゲナムナムしま戦か